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ココロの森

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第11話(NEW)



    第11話 『天国への階段・現世で体験』




  フィレンツェの『絶品パニーニ』に出会えたバールで
 何故私は 普段でも絶対オーダーしないような
 コーラというジャンキーな飲み物をオーダーしてしまったのか。

  それには深い深い理由があった。


  フィレンツェには『ドゥオモ』と呼ばれる大聖堂がある。
 TVやポスターなどで、フィレンツェが紹介される時に
 必ずといっていい程登場する、やや赤みがかった丸いドーム屋根の大きな建物、
 あれが『ドゥオモ』である。

  フィレンツェの日程には、もちろんこのドゥオモ見学も含まれていた。
 『花の大聖堂』と呼ばれる素晴らしい外観を見ておこうということで、だ。
  ところが美術館と並んで高いところも大好きなやまだは
 こともあろうか、この『ドゥオモ』のてっぺん、
 クーポラ(ドーム状の屋根の部分)に登ろうと言いだしたのだ。

   
   イヤな想い出が 私の脳裏をかすめた。

  それはローマ3日目のこと。
 ヴァチカン市国に行ったとき、
 『サン・ピエトロ寺院』の巨大壮麗なドゥオモを見て
 やまだが「登りたい」と言いだしたのだ。
 尤も、私が「ここのクーポラ、登れるらしいよ」と言うまで
 ヤツは『クーポラ』という言葉すら知らなかったのであるが。

  ヴァチカンのドゥオモは 世界一の規模を誇る。
 高さ132m、クーポラの直径42.5m。
 そのほぼてっぺんに、市内を一望できるテラスがある。
 そこまで登ろうというのだ。

  「あのさ、簡単に登るって言うけど 大変なことなんだよ」
 と私は一から説明する。
 エレベーターはクーポラの下の部分までしかなく、
 そこからは徒歩で上がらなければならない。
 マイナスイメージになることは極度に書き控えるガイドブックにさえ、
 『登るのは相当キツイ』と書いてあるくらいだから
 かなりキツイことは間違いない。
  そんな大クーポラに、午前中から5時間ほど目一杯、
 ふらふらになるまでヴァチカン美術館を観てきた後で登ろうというのだ。
  いくらなんでもそれは無茶ではなかろうか?

 「大丈夫ですよ。3分の2くらいの高さまでエレベーターあるんでしょ?」
 と高いところ好きのやまだが言えば
 「いや、あとの3分の1がキツイんだって。」
 と疲れ切った上に、高いところが苦手な私が答える。
 「えー、だって折角晴れたんだし、登りましょうよぉ」
 と私の腕を取り、さっさとやまだは列に並ぶ。
  確かに午前中降っていた霧雨もあがって、いい天気になってきていた。
  ・・・でも、絶対キツイんだよぉ。登りたくないなあ・・・

  さんざん押し問答の末、結局登ることになったのだが
 案の定、きつくてきつくて死にそうだった。
 キツすぎてナチュラルハイになり、思わず笑ってしまうくらいだった。
  テラスに出ると、強い風と寒さと足場の狭さに 私はガタガタ。
 景色もそこそこに、
 ずっと日当たりのよい壁際に張り付いていなければならなかったのだ。
 そんな私に向かって、やまだは言う。
 「すっごいキレイな景色~! ほら、下見て!!」

  ・・・ばかもん。 見れるわけがない。

   ------ そんな思いを一昨日したばかりだというのに、
 このオンナは私をまたしても地獄に導こうというのである。
   笑っている顔が、悪魔に見えてくる。


  この日も5時起きして6:30のECに乗り、9:00前にフィレンツェ到着。
 まっすぐウフィッツィ美術館に行き、3時間以上かけて見学してきたばかりという
 ハードスケジュールだった。
 いくら休憩を取ったばかりとはいえ、
 これからまだ2つの美術館を見るのだから、体力は温存しておきたかった。

  しかし“高いところ大好き人間”やまだに
 そんなことを言っても聞き届けられるはずもなく、
 私は諦めてクーポラに登るチケットを買うことにした。

  フィレンツェのドゥオモは世界で3番目の大きさだ。
  高さ105m、クーポラの直径45m。
 でもヴァチカンより小さいんだから、幾分楽だろうと踏んでいた。
 
  ところがそれが甘かった。
  なんと、このドゥオモには エレベーターがなかったのだ。
  つまり、地上から約100m、自力で登っていかなければならない。

  もうこのことがわかった時点で『止めよう』という私を尻目に
 やまだはどんどん登ってゆく。
  仕方なく私もついてゆく。
 鬼だ・・・ヤツは鬼だ・・・。

  ヴァチカンでもそうだったのだが クーポラへと登る階段は、とても狭い。
 教会の内部に 上まで行ける様な立派な階段がある訳ではなく、
 壁や屋根の外壁と内壁の間の薄暗い隙間の部分に階段があるのだ。
 すれ違うのもツライくらいの狭い暗い階段、
 それを一段ずつ登ってゆく。

  最初はゆるやかだが、クーポラの部分になると急に階段がきつくなり、
 一段一段が今までの倍の高さになってくる。
 幅はより狭くなり、もうとてもじゃないけど 人ひとり通るのがやっとである。
 おまけにこの階段には『踊り場』というものが殆ど存在しない。
 あっても、私とやまだ、2人立っていられるかいられないか位の
 目茶苦茶狭いスペースである。
  当然座れるはずもなく、息が切れる。
  階段に腰を下ろして、ひと休みしたい。

  それなのに、ああ、何ということであろう。
  ここは『花の都』と世界に知れ渡るフィレンツェの象徴、ドゥオモであるから
 後から後から絶え間なく、観光客が登ってくるのだ。
 しかも体格のいい 白人系のオジサマ、オバサマの方々である。
 どう見たって、私達がここに立ち止まっていて擦れ違えるはずはない。

   ひたすら登るしかないのである。
   せめて いつあるとも知れぬ、小さな踊り場までは・・・。

  やっとちいさな踊り場が見えた。
 壁にへばりつくようになりながら
 「あ~~~~~~~!! もうダメだ。死ぬ~~~!!」
 などと2人絶叫している後ろを
 白人のオジサマ・オバサマ達は、
 「Oh my god!・・・・So long.」
 「Oh no!・・・very very tired.」
 などと口々にいいつつも、ニコニコ笑いながら通り過ぎる。
  とても疲れているようには見えない。
  タフなのだろうか?
 私達の倍以上もある大きな身体で、どうして疲れないのだろう?

  オジサマ軍団が一段落したところで
 2人、再度気合いを入れ直し、登りはじめる。
 「まるで修業だよ、これ。」
 「ホントですね・・・」
  自分から登ると言いだしたやまだも、だんだんと無口になってくる。
 そうなると益々修業じみてきて、
 なんでイタリアまで来てこんな事をしなければならないのかと思う。

  しかし、登っているうちに私は悟った。
  きっとこれは、実際、修業の意味も込めて作られたに違いない、と。


  人は生まれ、やがて死ぬ。
 その過程を、このクーポラに続く階段は表しているのではないだろうか?
 
 
 最初はなだらかな「人生」という名の階段。
 だんだん、暗く、険しくなっていき、
 途中で休むこともままならない。
 しかし、途中で止めるわけにはいかない。
 長く苦しい階段を上っていくと
 美しい天井画が間近でみられる屋内テラスにでる。
 その中心に描かれているのは 神の象徴である鳥「鳩」。
 どの教会の天井にも必ず描かれている。
 そしてそのテラスから 再び更にキツイ階段を登っていくと 屋外テラスに出る。
 今までの苦労をねぎらうように広がる、素晴らしい景色。
 ------ これこそまさしく「天国」を表しているのではないか。

  今まさに、私たちは「天国」に向かっているのだ。
  白人のオジサマ達がにこにこしているのは、
  きっと 神に近づくことが出来るからに違いない。

  ・・・等と、仏教徒のクセに 訳のわからない事を自分に言い聞かせつつ
 あと少し、もう少しとお互いに励ましあいながら 
 「天国への階段」を登っていった。


  そんなふうにして、
 やっとの思いで到着したテラスから見たフィレンツェの街並みは
 それはもう素晴らしいものだった。
 赤レンガ色の屋根やねと、白い壁のコントラストが 
 背景となる青い空に映えて美しい。
  美しい、美しいのだが・・・

  すさまじい風と真下がまる見えになる恐怖は ヴァチカンと同じであった。
 遠くを見ている分には問題ないのだけれど、
 真下を見てしまった途端にもうダメである。
  再び私は壁に張り付く羽目になった。
  高いところ大好きなやまだは大喜びで
 「私、一周してきますね♪」
 というと、非情にも私を置き去りにして行ってしまった。
  ひとりだと心細いので、私も壁づたいに「まってよお」とやまだを追う。


  まだまだいたいと言うやまだを
 「次の予定もあるから」と早々に促し、帰路につくと
 今度は『現世へ戻る階段』が私達を待っていた。

  こちらも『天国への階段』同様、
 踊り場もなく、後ろからは追い立てられ、
 それはそれはツライ思いをして降りてきた。


  下界に到着したころには、汗はダラダラ、喉はカラカラだった。


  ------ その後なのである。

  私達があのバールに向かったのは。

  2人ともペットボトルで 常に水を持ち歩いていたのだが
 もう昼をとっくに回り、すっかりぬるくなってしまっていた。
  とにかく冷たい飲み物を、一気に飲み干したい気分であった。
 それで次の美術館に向かう途中、
 最初に目に付いたバールで 真っ先に頼んだのがコーラだったのだ。


    あのバールのエスプレッソが飲めなかったことは 今も心残りである。


                 いよいよ最終回 『精算という最大の難関』につづく


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